
吉島小学校は,中島小学校の1年から4年までの児童678名が分離して,昭和33年
に開校した。
翌34年からは全学年でスタートしたが,毎年児童が増え続けて,昭和51年には47学級
全児童数1933名になった。そこで,昭和52年に吉島東小学校が新設され,本校児童は
805名の中規模校になった。
その後は,児童が徐々に減少し,本校は開校50年目を迎えるが,14学級・311名となっ
ている。(2007/5/1)
吉島は,室町時代には既に,中島と共に海上沖に姿を見せていたようである。
明治以降の干拓・埋め立て工事が繰り返される中で,次第に,今日のような広大な用地が
出来上がり,市の中心南部に位置する整備された街となった。
開校当時の学区は,蓮田・イチジク畑や野原が広がっていたが,年々,民家やマンション,
市営・県営アパートが建つとともに,広島湾や本川に面した所では多くの工場や会社が建った。
これらに伴って,銀行・病院・スーパーマーケット・商店なども多く建った。また,市の焼却場
・温水プール・体育館,環境整備局・少年鑑別所・刑務所などの公共施設が建っている。
学区の住民は,「子どもたちは,地域で守り育てよう」と,コミュニティーづくりに積極的に
取り組み,殊に地域のスポーツ振興は盛んである。また,学校教育に対しても「地域の中の
学校」として温かく支援され,教育推進に深い理解と協力を得ている。
このような環境の中で,子どもたちは素直で明るく,おおらかに伸び伸びと育ち運動好きな
子どもが多いようである。また,「広島市児童・生徒発明くふう展」では,平成2年から5年ま
で学校賞を受賞して創造性豊かな子どもの一面もうかがうことができる。
また,従来から実践していた地域の高齢者・障害者・ろう学校との交流を,福祉教育推進
校(平成6年から8年)として,地域と一体となって積極的に取り組み,思いやりの心を育ん
でいる。今年度もこの福祉教育を「総合的な学習の時間」に位置づけ、体験を通して自分で
課題を見つけ,自ら考え,それを多彩な方法で豊かに表現することによって,他者とよりよい
コミュニケーションを保ち,共に学びあう子どもを育てるための研究実践を進めている。